12月7日
その日はサエキさんにとって、エポックメイキングになるだろう。
インターネットが開通するのだ。
PC譲渡に先だって私は、サエキさんからの悲痛なメールを受け取っていた。
「日帰り手術をしたのですが、4日連続のタクシー通院でお金が持ちません。何か家で出来る仕事を探してもらえないでしょうか」
サエキさんは糖尿病で足の先が腐ってきてしまうので、腐ってきたところを手術切除したり、新たに皮膚を移植したり、そんなことを延々繰り返しているのだ。
生活保護だっていくらなんでも通院の交通費は出るだろうと思った私は、その旨返信した。
帰ってきた答えはこうだった。
「交通費は出ないんじゃないの?」
とりあえず私が調べたところ、ネット上にはこうあった。
生活保護受給者は自家用車の所有が認められていないため、通院の際にタクシーを使用した際は、定額の生活扶助費とは別に交通費が全額支給されている。実際には、タクシー会社が代金を一時的に立て替え、後日、タクシー会社が自治体に料金を請求している。
なんと恐ろしいことに、彼は4月に退院してから今までの分のタクシー代を含めた交通費と、包帯・ガーゼなどの治療材料費を請求せずに、自腹で支払っていたというのだ。
福祉事務所でも、交通費について何1つとして教えてくれなかったらしい。
「できますよ」と返信すると、彼は「福祉事務所に連絡する」と書いてきた。
その後聞いたところによれば、領収書を捨ててしまったりもともと貰っていなかった分を除いては、無事支払われたようだ。
請求忘れの「特別支給の厚生年金」がいい例だが、知らないと損をすることがある。
損をするだけならまだましで、場合によっては命に関わることもある。
「何かについて知る」ということについて、インターネットは有効な手段の1つだ。
「自立」ということは、経済的な自立だけではないと思う。
「誰かに聞かずに何かを正確できる」ということも、ある意味での自立だろう。
サエキさんの肩越しに、あの場所での「男」の姿を見ている私は、ある程度まではサエキさんの手助けをするだろうがさすがに彼の手足や親兄弟の代わりにはなれない。
また本当の親兄弟にしても、親が生きているうちはまだしも兄弟には自分の生活があるし、彼に関わってばかりもいられないだろう。
だからいずれにしても、時期の早晩はあれ、彼は情報的に自立する必要があるのだ。
田舎の木造アパートの6畳間からネットに接続できたからといって、それですべてが解決するとは思わない。
ただ、いま彼に必要なことの1つは外部につながる ということでもあると思う。
たぶん彼は全角と半角の区別もつかないし、かな入力とローマ字入力の違いもわからないだろうし、AltもTabもCtrlも知らないだろう。
そういう意味で最初から苦労の連続だろうが、ワードやエクセルも含めてとりあえずパソコンを使えるようになれば、また別の道が開けてくるのではないか。
障害者の法定雇用率というのがあるから、身体障害者手帳を持っている彼は、私よりよっぽどいいところに就職できる可能性すらあるのだ。
開通したら知らせてくれるだろう。
私はそれを楽しみにしている。