平成16年6月6日(日) 勾留27日目
男は、だいぶ話してくれるようになった。
かつてはボクシングと少林寺拳法をやっていたらしい。
私が筋トレをしていると、部位別の効果的な鍛え方を教えてくれたりする。
ひどく蒸し暑い。エアコンは入らない。
「節約せよ」との、上からの大号令だという。
母親に、大変な心配を掛けてしまっている。
それだけはひどく気掛かりで、昨夜なかなか寝付かれなかった。
檻や塀の内側と外側は、明らかに別の世界で、内側に入ると外で抱えていた自分の問題が、どうやら客観的に見られるようになるようだ。
外側の世界を、「シャバ」と呼ぶゆえんだ。
私と母の間には、確執がある。
もちろん恨みつらみはあるが、感謝しなければならなかったことには、当然感謝しなければならなかったはずだ。
長生きしてくれ、と、祈った。
私はまだ何一つ、親孝行をしていない。
【過去の過ちを振り返って】
看守にもかつてボクシングをやっていた人がいて、「腹殴られてたんで、いまだに時々血便が出る」と言っていた。
「拳をボクシング以外で使ったことありますか」と尋ねたら、「う…、それは言えないな…」とのことだったが、実は警察に入って以後、上司をぶん殴ったことがあるそうである。
上司のやり方や職務態度にどうにも納得がいかず、その上司のさらに上司のいる前でぶん殴った。
当然事情聴取されたが、殴った彼の言い分ももっともという結論になり、「上司は左遷」「本人は異動」という形での決着だったという。
なかなか警察も粋なことやるじゃないかと思ったが、まあ不祥事には違いない。
年齢の割に彼の昇格が遅いのは、多分そのせいだ(彼は巡査長、ヒラ巡査の1個上。無試験で自動的になれる)。
【警察はなぜ堕落したのか】
警察官の警察官に対する取調べは、本来苛烈を極めるという。
監察制度というのが、言ってみれば警察の警察だ。
この本の著者、黒木昭雄氏は元警視庁の花形警察官(自動車警ら隊所属)であったが、あまりに優秀すぎる成績のため副署長に嫉妬され、あるささいな内規違反(それも解釈によるが)から、監察官の取調べに遭う。
執拗な内偵捜査のあと、朝方に本庁に強引に出頭させられ、窓のない取調室で、監察官から依願退職の言葉を引き出させられたという。著者はこれを称して、「警察官への取調べに人権はない」と言う。
今までにも、元警察官の著作というのはあるにはあったが、その多くは不祥事を起こして辞めさせられた警察官がうっぷん晴らしに書いたような、警察批判本や内情暴露本であったりしたが、本書はそれらの著作とは一線を画する。
精密な論考と冷静な筆致で描き出される「警察」像は、文句なしに面白い。
特に、「警察学校での洗脳教育―ロボット警察官はどのようにつくられるか」の章は、必読である。
(『警官は狙いを定め、引き金を弾いた』がweb上でタダで読めます。おすすめ)