平成16年5月30日(日) 勾留20日目
件(くだん)の寡黙な男は、例えばふとん部屋や、運動の時間にほかの2人が先に行ったときといった、私と2人きりになったときだけ、何を気に入ったのか、私だけに話しかけてくる。
「イビキは、気にしなくていいからね・・・・・・。人それぞれだから・・・・・・」
「(同室のヤクザを)スミ入ってたって、テキヤと変わらないよ・・・・・・」
「どこだろうが、己を貫き通す・・・・・・」
刈り込まれた短髪に広い肩幅、ドスの効いた声と深い眉間の皺・・・。
36.7才といったところか。もしかしたら、40にいっているかもしれない。
両手のひらだけが日に焼けていないのは、おそらく土木作業の軍手のせいだ。
そして例のトラベルセットと石けん箱、着古して汚れた服は、漂泊の象徴だ。
日雇いの逃亡生活を送っていたのだろうか。
昨日は午後早くに調べに出され、消灯近くまで、帰ってこなかった。
晩飯の時間は2時間もずらされ、空腹もこたえたはずだし、こういう荒っぽい取調べは異例だ。
たぶん、完全黙秘したのだろう。
この留置場には、○○新聞の朝刊が入ってくる。全員で回し読みをする。
記事が黒く塗りつぶされている場合がある。
そういう場合は、本人がこの留置場にいるか、共犯が捕まったかの、どちらかだ。
新聞を読んで昼飯。昼寝。3時のおやつ。昼寝。晩飯。
明日、私は釈放されるのだろうか。
だとしたら、何時になるのだろうか。
社労士試験申込締切りに、間に合うだろうか。
今まで何度も繰り返してきた問いが、頭から離れない。
よい結果を期待する気持ちと、期待したくない気持ちが、大きく揺れ動いている。
手のひらと足の裏、脇の下にジットリと汗をかき、心臓がドキドキして、喉が渇く。
よい結果を期待したくないのは、裏切られるのが、怖いからだ。
まったく寝付けず、空が明るくなってきたころ少しウトウトして、31日の起床の時間を迎えた。
【余白メモ】
特定商取引法違反が起訴された。
【過去の過ちを振り返って】
デパートの警備員を殴ったヤクザが入ってきている。
同房者を整理すると、保険金詐欺・ヤクザ・謎の男・私の4人。